« 2007年6月 | トップページ | 2007年9月 »

2007年7月30日 (月)

歴史的大敗

参議院選挙は予想通り、というか、予想以上の結果だった。自民党の議席が半減し、民主党が大勝するという非常にわかりやすい結果。これは国民が「お灸を据えてやろう」と国民をバカにした政治家の皆さんに対するお仕置きなのだろう。

元テレビ朝日の丸川氏は大激戦の上で当選した。まあ、この人も住民票問題や演説の方法、政策の中身の無さなどから、「場が読めない」感じの人ではある。何年も投票に出かけた事のない人を当選させる東京都民は・・・・・・。

彼女に当確が出た時の記者会見。

よくある「バンザイ」ムードではなく、雰囲気がお通夜みたい。丸川氏も悲痛な感じがした。それもそのはず、次点は自民党のベテラン候補。読みが甘かったのか、票を食い合ってしまった訳だが、戦力としては新人よりもベテランの方が良いのだから、自民党関係者は悔しい思いをしているとは思う。保坂氏>丸川氏というのが自民党のシナリオだったのだから。

彼女は安倍首相の鶴の一声で擁立された訳だが、安倍首相が「辞めない」といっているのは「辞められない」という事であり、中川幹事長と青木参院会長が引責辞任するとなると首相のブレーンは一気にいなくなる。応援演説に来た人が彼女の味方という図式にはならない事は当たり前だが、新人議員がベテラン議員を同士討ちしてしまったのでは、政治家としての一歩を踏み出そうにも自民党の中での激しい嫉妬やイジメに耐えなければならない可能性が大きく、茨の道ではないかと思うのだ。

この後、彼女には数々の試練と屈辱が待っている。

保坂氏を押していた自民党東京都連との相当な軋轢が予想されるが、その時、彼女を擁立した人が自民党の要職に残っていたとしても、昨夜のテレビでの平沢氏の素っ気ない態度を見る限り、彼女を守る事はしないだろう。つまり、自民党本部&東京都連からいじめられる可能性が大きいという事だ。

局アナ時代の彼女は評判が良かったらしい。クールな見た目とは違い、東大卒の学歴をひけらかす事なく、腰が低くリベラルで人間味溢れる人と色々なメディアで見聞きした。また、10年前のインタビュー記事を見ても、母子家庭で育ったと言っており、母親の病気も嘘ではないのだろうから、「実家に仕送りし続けている苦労人」は本当なのだろう。

「自分の声を届けるには政権与党に行くしかない」というのは誠に正論だし、彼女の上昇志向はわかりやすくて大好きだ。だが、諸々の状況を鑑みるに「落選した方が良かった」と思うのは私だけではないだろう。

国会議員は公人である。

公人にはプライバシーはないから、赤城農水大臣の次のターゲットとしてマスコミのバッシングを受ける事は大いに考えられる。住民票を移していないくらい抜けているのだから、ボロがたくさん出てくるだろうと思う。

彼女が選挙権を取得していなかった事で、選挙期間中は「頭を下げたってダメだかんな!」と怒鳴るオヤジに向かって泣きながら「申し訳ございません」と頭を下げ、皆の前で泣きながら頭を下げ、お詫びをし続ける彼女を見るのは実に辛かった(いくらなんでも彼女に対してあそこまで責める権利はないと思う)

こういう不器用な上昇志向を素直に「かわいい」と思う人もいるだろうが、前首相の明言である「国会議員は使い捨て」というセオリーに立脚すれば、散々利用されて捨てられるというエンディングはほぼ想定内。しかも、歴史的大敗で後ろ盾となる大物の存在も危ういのだから、これからは想像を絶する様な屈辱の日々が待っているだろう。

慶大の教授が「彼女は頭の良い人だから使い捨てされるのもわかってるだろう」という主旨の発言をしていたが、それがわかった上で、想定外の試練が待っている事がわかっているからこそ、あのお通夜みたいな記者会見になったのだろう。

フジテレビ前(フジの番組ロケ中)の演説によって芸能界を敵に回し、テレ朝のアナウンサーが異口同音に総攻撃していたのを見ると、彼女の味方はほとんどいないと思われる。

女子アナでいれば良かったのに。かわいそうだ。

|

2007年7月19日 (木)

地震報道

新潟・長野の大地震が祝日だったのでテレビの報道を見る機会があった。

災害報道というのは、ある意味、テレビの力を最大限に使う機会でもある。地震は防げないけど津波による被害は防ぐ事ができる。全てはアナウンサーとスタッフの力次第なのは、阪神淡路大震災の時に活躍したNHKの宮田修アナの例を見てもわかるだろう。

NHKの登坂淳一アナ(白髪の人)は若手だと思うが、なかなかの安定感があり見直したが、畠山智之アナの安定感には敵わない(もっともキャリアが全く違うので仕方がない)。災害報道のプライオリティは「安心を視聴者に与える事」だから、畠山アナの声質は非常に得をしているのではないかと思う。

前日の台風報道にも忙しかった末田正雄アナは宮田アナがOBになって以後、NHK報道アナのトップだと思うが、声質、読み方、キャスターワーク、どれをとっても凄いの一言。ただ、新潟の若いアナウンサーのレポートは100点中7点ぐらいの出来だったのが残念。

意外だが阿部渉アナはニュース担当には向かないと思った。予定されている原稿を読む分には問題ないと思うが、緊急報道にはきちんとした原稿が用意されている訳もなく、そうした情報の集積を自分で行い、自分で話すという事ができていない。震度6弱の余震の時に声を荒げたのは感情誘導になってしまう。

野村正育アナの安定感は「おはよう日本」でわかっているのだが、末田、畠山、野村の3人のローテーションが当分の間、続くのではないだろうか?。現在は、水戸局に異動した星野アナが揃えば1日を繋ぐ事ができそう。

問題なのはリポートである。これについては全く駄目の一言。若手の育成がうまくいっていない事を露呈したといっても過言ではあるまい。

用意された原稿を時間内に読むスキルなんて数年のキャリアで完成されるだろう。問題は原稿にない言葉を話すスキルだと思うのだが、NHKを見ていると不安になりそう。

|

2007年7月13日 (金)

新世紀エヴァンゲリオン (11) Book 新世紀エヴァンゲリオン (11)

著者:貞本 義行,GAINAX,カラー
販売元:角川書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

|

2007年7月 3日 (火)

突然の地震

7/1(日)は所用で釧路にいたのだが、午後1時過ぎ、震度4の地震があり、ビックリ。ビルの8Fにいたので、揺れは結構ひどかった。

私は今まで大地震に遭遇した事が数回ある。

震度5強以上なら、1993年の釧路沖。1994年の北海道東方沖。1995年の阪神大震災。2003年の十勝沖の4回。震度4程度なら数十回はあるだろう。同じ北海道でも地震が頻発する釧路と震度4の地震が十数年に1度しかこない札幌では地震への慣れが違う。

実感として思うのは、震度2と3ではそう変わらないが、5強と6弱、6弱と6強、6強と7では雲泥の差という事。この3タイプのうち震度が大きくなる程、違いが大きい。

釧路から帰ってきて思うのは、条例の関係で基礎を深く掘ってあり、結果的に耐震性の高い建物が多かった事。中心部の北大通にある丸井今井釧路店(既に閉店)の大通館はかつて丸三鶴屋という百貨店で、恐らく、築60年以上の古さだと思うが、震度6強にも耐えた。

しかし、札幌で同程度の大地震がおきた場合、旧耐震基準の建物はどうなるのだろうと不安。新耐震基準は1981年以降だが、大通周辺はそれ以前に建った建物が多く、コンサートでよく訪れる北海道厚生年金会館(1971年竣工)はマジで怖い。それに、情報を発信する放送局の建物だって札幌は古いのだ。NHKは新しい部分でも35年ぐらい経っているし、STV,HBC,UHB,HTBの建物にも古い部分がある。耐震補強はしているだろうが、いずれにせよ、札幌市民の多くは大地震の経験がない。

災害時の医療とて同じ事。北海道の場合、先に挙げた釧路や有珠山、奥尻など、道内での災害医療の経験はあるだろうが、都市型災害医療の経験はないだろう。災害医療というのはいわゆる救命救急(特に外傷)も大切だが、パニック発作や過呼吸を起こして救急車を呼ぶケースも想定できるだろうから、大混乱になるかも知れない。

|

2007年7月 1日 (日)

変わり続ける事

中島みゆきが再びTOKIOに楽曲提供するらしい。そのタイトルは「本日、未熟者」。ズームイン!SUPERだったと思うけど、楽曲を聴いた限り、「宙船」(そらふね)の二番煎じみたいであんまり好きじゃない。中島みゆき&舟山基紀というのは1980年代における強力タッグであり、「宙船」は名曲だと思ったが、ループ系?とでもいうのか、同じ歌詞を繰り返す感じの曲が続くとさすがにクドイ。

中島みゆきに関してはファン歴20年以上になる。最初に買ったのが「36.5℃」。次の「中島みゆき」ぐらいまでご乱心の時代が続いたらしく、テクノポップみたいな楽曲が多かったが、1988年の「グッバイガール」ぐらいから瀬尾一三プロデュースにより、あらゆるアレンジの楽曲を発表するという今の形に落ち着いた様に思う。

数年間、すんなりCDを購入し、「パラダイス・カフェ」にシビレ、「私の子供になりなさい」でうーんと悩み、1999年の2枚はスキップし、「短編集」にはついていけなかった(「地上の星」は好きだけど)。そして、「心守歌」、「恋文」で安心。「ララバイSINGER」で再び考え込むというのが、ここ15年の流れ。

ステージについては「夜会」は「問う女」で離脱。ツアーは初期のナンバーも満遍なくやる訳だが、「総立ちのみゆきさん」は87年で終了。次のツアーあたりから「座って見る」スタイルに。これ自体は非常に好きだったが、2005年のツアーではスタンディングとなり、再び違和感。

ファンというのは保守的なもので、アーティストの変化を許さない所がある(自戒)。だが、アーティストも人間。やっぱり変わり続けるわけですな。でも、最初のMCの吉田日出子口調にはやっぱりついてけない。

|

« 2007年6月 | トップページ | 2007年9月 »